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エドワード佐野「掌編小説集」
■エドワード佐野プロフィール
●このページの小説↓
■碧空(25・9・18) ■「余生充実?」(25・9・13) ■「ウェイティングルーム」(23・4・20) ■「バス停」(22・7・15)
■「リサイクル」(20・10・5)
■重い音(22・1・1)
●バックナンバー↓
■碧空(25・9・18)
 隣の県で竜巻被害があった。秋風を感ずるこの頃なのにもくもくと積乱雲が碧空にそびえている。気象状況が極端に変わってきている。オゾ ン層破壊の故だとか、ミニ氷河期の始まりだとかいう者もいる。
 
 今まで砂漠の現象かと思っていたのが都会にも押し寄せてくる恐怖。地球は生きているとは周知の事実だ。異常気象は生き物の営みすべて を無視する現象といっていい。
 
 少年は空を見上げた。いつもと変わらぬブルーだ。深い空とはこんな色を言うのだろう、しみじみと眺めてみた。
 
 なぜ空はブルーというはっきりした色なのだろう。湖や海はその反映とわかるが、空はなぜ?学校の先生もはっきりした答えはくれなかった。 こんなきれいな空が真っ黒な竜巻を生む。
 
気象予報が少年の毎日の関心事になっていた。その日の天気予報は必ず確認した。ひと時は良く当たると安心していた気象予報、今は当た らなくなっているのが興味の一つとなっていた。
 
 ある冒険家の本で、目が覚めたら生き物が全くいないシーンに主人公が置かれている、という内容のものを読んだことがあった。不気味だっ たのを覚えている。まず、緑がなかった。川に水は流れていたが奇妙にも川底もしっかりと見えるほど澄み渡っていた。生き物がいないために 水も汚れないのだ。まるで生き物はその主人公だけという設定だった。
 
 異常気象がもたらした状況だったのかは忘れたが、少年は碧空と竜巻に、そしてそんな物語を重ね合わせると何かの前兆を感ずるのだった 。
 
 その日も快晴だが、そろそろ急ぎ足で学校へと向かわねばならない。いま学校はスマホとラインといじめの代名詞みたいだった。
晴れていても、少年は気象関係に関心があるだけ、合羽を忘れてはいなかった。下校時には天気がどう変わるかわからなかった。積乱雲は真 夏のものなのに、今は春先、すっかり少年は天気対策を自分流に考えるようになっていた。

 教室に入ると、「噴火が起きた、テレビを見なさい」と担任が興奮気味に教室に飛び込んでくると叫ぶように言った。強烈なスマホゲームの毎 日に恐怖心がマヒしているのか、生徒達ほぼ誰もが担任の驚きにさほど関心は示さなかった。


 少年は違っていた。自然現象とゲームソフトの世界は明らかに異次元と覚えていた。
「みんな見ろよ!あの噴火は只者ではないぞ」
「煙の角が3本出ている、すさまじいな」
「へ〜、どこの火山なの」

 日本列島も生きている、僕らと同じように。と少年は思うのだった。そして地球は生きている!と誰でも言っていたことが真実を帯びてきた、と 感じた。つい数年前には大きな地震が津波を発生させて東北の一部を壊滅していたばかりだった。怖いけどそれが事実なのだ。

 その日の作文の時間に、少年は「怖いし、寂しいし、どうしたらいいかわからない」と書いただけの原稿用紙を提出したのだった。後日、担任 と校長先生が大げさにいじめ?といいながら少年に面談に来たものだった。もちろん少年は「いえ、違います」と深刻そうに言ったあと、「馬鹿な 大人たち」とつぶやき、にたりと笑った、後ろ向きで。    了(27・11・10)
■「余生充実?」(24・11・19)
 こたつに入ってミカンでも食べていたら?なんて最近誰かに言われて、むっとしているところだった。今からでも一花咲かせられるかとうっ すらと考えているところだっただけに男はことに不愉快になった。

 74歳になる高名な演奏家が、いまだに的確な自分の奏法を模索しているという話をラジオで聞いたし、同じ70歳代の女性が文学賞受賞 ニュースをテレビで見たばかりだった。
「まだ10年は現役だ」つぶやきだけは気合が入る。シニアがあちこちで新たな活躍ぶり、嬉しい限りと考える68歳の爺さんだった。
「希望の星が、あちこち瞬いているぞ。嗤われたって構うものか」
 爺さんは台所仕事をしているかみさんをしり目に玄関に立った。
「どこ行くの?もうじきお昼なのに」
 同い年のかみさん、怪訝そうに言った。
「ウォーキングだ。宇宙開闢以来、人は歩くようにデザインされているんだ。いつまでも現役でな」

 年金を人並みにもらえて、とにかく切り詰めれば生活はできていた。マスコミや医師などからの指南で、歩くことを日課にし始めたばかり だった。いつまで続くかしらと、女房の声を背にして出かける。
「死ぬまで続けばいいわけだ。大した時間じゃない」
 首に巻いたタオルが、風に揺れた。まだこたつに入る季節ではなかったが、風は冷たかった。陽だまりでは汗ばむといったところだ。

 玄関を出ると隣の猫が急に足元を横切る。
「どうした。ネズミでも出たか」
 よろけはしたが、そのくらいでは転ぶはずもなかった。だが何か変な予感がした。男は新しい挑戦をぼんやりと考えていたが、斑猫の目 が、朝の光を不気味に反射していた。

 俳句、短歌、あるいは近所の役にでも立つ自治会関係?統一性はなかったが、部屋にいるだけはさみしかった。

 汗ばんでくる体を感じながらいつものコースをかえて、商店街の裏側に入る。何か若いエネルギーのある世代と接触があればいいが、と ぼんやりと過ぎていく風に思いを託すか。

 風と一緒に爺さんは何かが横切るのを感じた。猫ではない、自転車だ。若者のエネルギー、轟音が聞こえるほどに目の前を横切って行っ た。「ぼんやり歩くな」の罵声にやられたように爺さんは路面にたたきつけられた。定番の携帯電話しながらの自転車だった。
 「こら、待て!」
 叫びながら精いっぱいの力を込めて立ち上がろうとした。「歩道を自転車で、しかもながら運転…」
 何人か目の通りすがりの人が、声をかけてくれたときには、すでに失神していたのだった。

 
 気がついたときは救急病院のベッドの上であった。
「いい加減にウォーキングには注意してもらわなければ」
 駆けつけたかみさんが声をかける。看護婦も笑っていた。夕方の窓越しの景色は風に揺れていた。
だから言ったでしょ、無理をしないでよ。の妻の声と一緒にベッドの上で男は「まったく!」と呟くのだった。(了)25・9・13
■「ウェイティングルーム」(22・7・16)
■「バス停」(22・7・15)
 毎日だった。老人は杖をついて車道を横切ってやってくる。端正な身だしなみ。きっと嫁さんに弁当持たされてのお出かけ。涼 しいバスでのショートドライブ。
「行ってらっしゃい」と言われて本人もリハビリのつもり、嫁さんは舅のいない家でのんびり。よくある夏のいまどきの家庭内事 情だろう。
「おじさん、足腰弱ってるんだからきちんと横断歩道を渡らないと危ないよ」
 ため口で会話をする仲になったバス停の顧客及びバス誘導員。言いながら時間の車両を車道に誘導する。
「嫁が弁当作ってくれてなあ・・・、出かけないと悪いからなあ」

 猛暑日。アスファルトからの照り返しがさらに暑さを助長する。そして何台かのバスを出庫誘導させて、いつものように誘導員 は声をかけられる。
「大変な暑さ!この飲み物でも飲みなさいな」
 綺麗にお化粧をしてバスを利用している高齢の婦人。乗務員や毎日の乗降客の間では、バス停の貴婦人、母といわれている。
「まるで僕まで人気者だな、うれしい、いつもありがとう」と誘導員。
「あたしはね、あと3年で平成22年度の女性平均寿命になるのよ。まだ3年もあるの!よろしくね」
 ニコニコと笑う母の口元は、化粧の下にも年輪の皺は隠せない。元お習字の先生で三味線もよくしたらしい。娘さんはピアノの 先生だ。さわやかな厚化粧。暑さも忘れるのはよくいただく飲み物だけのせいではない。会うたびに「暑いから気をつけてね」の 一言かもしれない。ある日誘導員はお礼のつもりもあり、知り合いのピアニストリサイタルのチケットをあげた。「娘さんの生徒 さんにでも上げてくださいな」とこちらも一言添えて。

 脳梗塞で倒れた後のリハビリ中のご主人と一緒の奥さん。「残り少ない日々。これがあたしたちの日常なの。機械的な日課も慣 れるといいものですよ。あなたたちは大変だけど」
「奥さん、いつかよい事ありますよ、人生マイナスばかりじゃないからね」誘導員も利いた口、笑いながら。

 シフト制での誘導の仕事。何人かで交代だった。ある豪快な誘導員の出来事だった。
「任しとき!補助装置なしで、わしが載せてあげるから」と言うが早いか、義務でもあるレール板を使わずにその誘導員、車椅子 ごと持ち上げて乗客をバスに乗せてあげた。乗務員も、本人も喜ぶはずだった。
「私は荷物ではない」と乗客である車椅子の男は静かに言い放っていた。猛暑続きのある午後であった。数日後、本部の責任者が 、菓子折りをもって乗客に謝りに行ったのである。

 毎日車道を横切ってきていた、危ない老人。その日はなぜか浮かれていた気配だ。
「どうしたの?楽しいことでも?」誘導員は冷やかしながら聞く。
「明日退院なんだ!」
「え?誰が」
「家内が」白い歯を出して笑いながら老人は言った。
 足腰をものともせず嫁にいやみを言われながらも、毎日奥さんの見舞いだった。果たして翌日から奥方が無事退院したためか彼 は一度もそのバス停には来ないのであった。

そしていつか、バス停の母も来なくなった。かっぱを着ながらの誘導員、ふと彼女の顔を思い浮かべていつものバスを出庫させる のであった。吹き降りの午後、バスの発車時刻は無機的に果てしなく続いていく。季節のように。(22・9・12)
■重い音(22・1・1)
 家族のような雀三羽が決まって降りてきていた。加藤は雀たちを見てピーナツのかけらをほうって微笑む。ついばむしぐさがかわいい。

バスの出入りの間隙を縫って,加藤の足元まで近づいてくる。彼は鳥を呼び寄せる口笛の特技があった。子供のころからだった。友人など に不思議がられたほどである。そして、鳥なんぞに夢中になる男は世渡りは下手と、人によく言われてきた。

今更世間にへつらって生きる気はない。再雇用もあと2年ほどだ。雀との戯れも仕事の合間ならいいではないか。

 雲ひとつない冬晴れの日であった。加藤は構内に入ってきたバスを笛の吹鳴でバック誘導する。それが仕事だった。始発から最終ダイヤ までを3人で受け持つ。その日の加藤の勤務は遅番であった。

病院のバスロータリー内は立ち入り禁止にもかかわらずバス利用者などがでたらめに行き来する。しかもほとんどが老人か,身体不自由な 病人。その危険を避けるためにもの誘導配置に違いなかった。

 午後3時ごろから夜10時、正確に言えば9時48分の最終便までバス誘導をする。それは交代をしたばかりの3時過ぎのことだった。いつ ものようにビルの谷間からの冬日の光に誘われて寄ってくる三羽の雀に餌を投げ与えて、しばしついばむ様子を眺めた後、入ってきたバス を誘導したときだった。
 
 ズンと重い音がした。構内と歩道を仕切るガードレールにバックしていたバスが追突したのだ。餌をついばんでいた雀も驚いて飛び去った 。
加藤が誘導していたバスだ。彼の誘導ミスといわれても仕方なかった。乗務員自身も驚いていた。

「いつもの雀のしぐさに気を取られて」と心でつぶやいたが,加藤は黙っていた。乗客を降ろし終えたあとで構内にもたまたま人が居なかっ たために人身事故にはならないのが幸いした。法的には一切誘導員には責任はないが,日ごろから慣れ親しんできた乗務員との気まずい 思いは生まれる。

 一瞬の後、何事もなかったようにあたりは静まった。重い音の余韻が,加藤の耳に残っていただけだった。午後の弱い日差しが一層無気 味な音の響きを包んでいた。
「どうしよう!まいったな」
「・・・・」

 交代して着替え小屋に居た同僚が駆けつけた。「どこ見て笛を吹いてるんだ!」彼の叫び声で加藤は我に返る。本部に連絡をして,ひた すら若い乗務員にも謝ったものだ。バスの後部バンパーと公共のガードレールをバス会社が修理することになった。
そして・・・。
 
 何事もなければ加藤も雀らのように三人家族のはずであった。商売に失敗したのと同時に妻とは別れた。子供が小学1年のころだ。かわ いい盛りだった。辛かったが仕方なかった。基本的に安く仕入れてきたものを高く他人に売りつける仕事は自分には無理,罪悪感がいつも 加藤の頭をよぎっていた。

 追突事故の騒動が終わった後も三羽の雀家族は,いつのまにか加藤の足元に餌をねだりに来ていた。それは日没まで彼らの日常であ った。

 そしてしばらくして加藤は本部から配置換えの辞令を受け,彼の日常もまた新しくどこかで始まるのだった。
「今度は目白が来るところがいいが・・・」とつぶやいて三羽の雀に最後の餌を投げ与えた。冬はまだ終わりそうになかった。(22・3・11)
■「リサイクル」(20・10・5)
 なだらか、とはいっても坂道だった。高齢者にはやや長めの道。男もそんな年齢である。リサイクルセンターへその日も行った。嘗て財布の 中身を気にして買い物などしたことがなかった。今は違う。信じられないほどの低収入だった。大げさに言えば、SF物で、朝起きてみたら誰も 人がいなくなり、ゴーストタウンとなっていた、という物語に似た世の中の急変振りだった。

 その中古品店は1万円ほどの新品のジャケットが時にはいわゆる新古品として千円ほどで買えるときもあった。その日はある単行本を買っ た。1500円ほどのものが50円。若いころに夢中になった作家のものだ。忘れかけていた小説家。文学の世界もバブル期があったみたいで 、そのとき文学賞をとっただけで、今は名前の活字すら見当たらない作家の本だった。今の自分をリサイクルせよとでも、どこからともなく聞こ えてきそうなめぐりあわせだった。
 
 20年前に一緒にセールスをしていた友人が、昨日ぱったり会って「生活保護を受けている」とあっけらかんとして言っていた。当時は2日に 一度は、仕事が上がると屋台などで明日のための充電とかで一杯やり、くつろぎができたゆとりのひと時を共有できた仲間だった。今彼は体 を壊した挙句、家族もなく収入の道が途絶えていた。
「一つの選択さ」と男は言ってやった。自分だって世間体が許せば楽なほうがいいと思っている。やはりあちこち急変ぶり。物だけでなく、心情 まで様変わりが当たり前の世の中になっていた。

 新しいものに出会いそうもないし、いまさら新たな感動など見つかるわけはないしとも男は思う。あとは昔のやってきたことをたどりなおすか と苦笑してみる。

 男は20年前のころを思い出す。

 セールスマンだった。名刺に「ザ・セールスマン」と肩書きをつけてセールス委託依頼を企業から取り付けて歩いていた。当時は何でも売れ た。少しの知識で法螺を売る!出始めのカラーテレビにエアコン。
「欲しいときに手に入れる、それが今の時代です」をセールストークにすれば、いわゆる頭金なし分割銀行ローンで何でも売れた。それが今は どうしたことか。そんな仕事すらない。時間給低賃金の契約社員だ。
 
 リサイクルセンターから出て坂道を降りてくると、案の定小雪が舞っていた。学生街とでもいっていいだろう、この街には路上生活者が多くい た。みな信じられないほど明るく元気な人ばかり、何人かは親しくなり声を交わすようになった。死ぬまで笑いながら暇な人たちばかりだった。 うらやましい限りとはこのことをいうのか、と男は苦笑しながら50円で買った単行本を抱えなおして「電車の中で読むかと」つぶやく。

 改札口は明日から連休と見えてごった返していた。(21・2・2)